頭推按による未病(前病状態)の改善と病気の予防

心の病や、精神的な病、又はそれから来る身体への不調などの病前症状を、頭推按(とうすいあん)という外丹気功術にて改善します。

頭推按とは、架橋賢人の間に伝わるもので、内丹術としての太極拳(瞑想太極拳といわれる楊家古式八十五式)の補足的な技術です。後ろから両手の五指を頭と顔に当てて、経絡と経穴に対して三○分間くらい気功を施します。

人間は、ショックやストレスがあると、それが、根本的な心のこだわりなどに大きく影響するものであった時、生理的な作用と共に、神経などの電気信号の流れ道の他に、気とも言われるエネルギーの流れ道(経絡)の中継点(経穴)に関所を設け、過剰な負のエネルギーが根本的な心(深層心理)に悪影響を及ぼさないように、エネルギーをせき止めます。それが、ショックやストレスなどの後に起こる、気の滞りです。それが起こると、一挙に体からは気力が失せ、思考は停滞します。一見、心の病のように見えますが、そうではありません。しかし、そのまま放置すると、今度はエネルギーが到達しない、脳や身体は自衛の為、新たな生理メカニズムを構築します。例えば鬱病や解離性障害、統合失調症等です。そのようになれば、即座に医師の治療を受け、その生理機能を回復しなければなりません。

もし、病気に進行していなければ、頭推按を施せば、ショックとストレスによる、気の滞りが取れ、驚くように元の状態に戻ります。少なからず、生理機能にも問題が起こっていれば、太極拳のようにゆっくり体を動かすことで回復します。しかし、それは脳の生理的な状態とリンクするものですから、脳周辺の経絡や経穴の滞りをとってからのことであり、そこが滞っている場合は、体も正常に動きません。健康な状態の時は、体を動かしていると、必然的に脳周辺のエネルギーの循環も正常です。又異常な部分の違和感もすぐに分かります。体の気の滞りは、脳周辺がが正常であれば、意志力を使って体を動かせば、すぐに回復しますが、逆の場合は頭推按が必要です。それが、頭推按が瞑想太極拳という内丹術の補助技術たる由縁です。
すでに、鬱病や解離性障害などの病気に至っていれば、医師の治療が必要で、いくら大自然の中にいても三週間などで治療できるもので無いことは、専門家であれば誰しもが知っています。

人は何かについて大きな問題であったということを認識したとき、その問題の大きさにショックとストレスがあり、急激に経絡と経穴が緊張して閉鎖します。その時点から、思考する全ては、その人の本心ではありません。その人もなぜ、その後の不本意な考えが浮かぶかが分からないから、自己嫌悪や妄想を伴う抑鬱状態や神経衰弱に陥ります。その結果の言動が誤解され、様々な批判を受けより摩擦がストレスを招くこともあります。

頭推按によって気の滞りが取れ、それどころか、以前以上に回復した経絡と経穴により、気のエネルギーの流れが回復します。それが、頭推按の神髄です。

病気になっていない体を病院で治療するのは例えば、医者は、病気を治すものです。胃潰瘍で病院に行けば、胃潰瘍を治療してくれますが、もし、病気になっていなければ、胃潰瘍になっていないのにも拘わらず、胃潰瘍の治療を施そうとしているようなものです。それは、体には逆に悪影響であることはだれでも分かります。もし体の状態が胃潰瘍になる前の精神的な状況であれば、それは医者だからといって分かるものではありません。胃潰瘍にならないためには、ストレスや食生活に気をつけることですが、すでにその食生活とストレスに反応する経絡や経穴が自己防衛として滞っているのです。その、滞りが不調を表すのです。胃潰瘍を鬱病に置き換えて考えてもらうとよく分かりますが、鬱病の前病症状を胃潰瘍のそれに置き換えると、少し胃が気持ち悪い、本調子でないという程度です。

病気か病気でないかの判断は簡単です。

頭推按を施して、回復すれば病気でなかったということで、回復しなければ病気であり、治療が必要であるということです。

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